Google(Willow 105 → Logical Qubit Era)、IBM(Condor 1121 → Starling 200 論理)、IonQ(Tempo → 80 論理)、Quantinuum(Helios 96 → Apollo)、PsiQuantum(Omega → 1M qubit)、Microsoft(Majorana 1 → Level 3)、QuEra(Gemini → 10k 中性原子)、Rigetti、D-Wave、Xanadu、Atom Computing——各社の公式ロードマップ 2025→2035 を 1 枚に統合。「誰が · いつ · 何個の論理量子ビットを · どの方式で」実装するか、物理ターゲットと資金調達を突き合わせて現実味を評価する。

量子コンピュータ企業のロードマップには、2 種類ある。「この数字を達成する」と言っているだけのものと、「どうやって達成するか」まで書かれているものだ。前者は PR、後者は工学宣言である。
2026 年 4 月 22 日、IonQ が Walking Cat Architecture を公開した瞬間、業界のロードマップ比較の基準点は書き換わった。『数字 × 到達年』だけではなく、『工学ルートの透明度』が第 3 の軸として浮上した——。
この記事は、世界 11 社の公開ロードマップを 2025 → 2035 の時間軸に統合し、『誰が · いつ · 何個の論理量子ビットを · どの方式で · どれくらい信じられるか』を可視化する。
ロードマップは約束であり、戦場である。
約束のサイズと、それを実行する工学ルートの鮮明さで、勝者は決まる。
以下 3 軸で各社を採点する:
まず、各社の『現在地(Now)』『次の一手(Next)』『2030 年前後の到達目標(Target)』を 1 枚で俯瞰する。方式(Modality)と上場状況も併記。
Walking Cat Architecture(2026-04-22)で工学ルートを公開。上場企業では最大の透明性。SkyWater・Oxford Ionics・Lightsynq 買収で垂直統合。
qLDPC 直接メモリ統合でエラー訂正 HW オーバーヘッド 90% 削減。超伝導陣営では最も具体的なロードマップ。
Quantum Echoes で検証可能な量子優位性を実証(2025)。論理 QB 数のコミットは意図的に保守的。
2:1 物理→論理比は業界最良。ただし非上場のため IonQ より情報公開が限定的。
2026-02 に Victor Peng(AMD/Xilinx 出身)暫定 CEO 就任。『utility-scale を 2026 年 2 月に納品』の目標は未達で後ろ倒し。
『years, not decades』表明は強気。DARPA US2QC 採択。ただし Majorana 粒子自体の物理的証拠に疑義が残る研究段階。
無冷却(10 kW)、all-to-all 接続、原子に製造欠陥なし。Nature 論文実績豊富。2026 目標に前倒し実績あり。
物理 QB 数の公開記録では PsiQuantum 以外のすべての上場競合を上回る。Microsoft との共同研究で論理 QB を達成。
チップレット型モジュラー方式。資金規模は IonQ の 1/10 程度。論理 QB の具体的コミットは未公表。
ゲート型 FTQC ではなく量子アニーリング専業。JPL と極低温パッケージ共同開発。『Q-Day』とは別の応用領域。
PhotonQ 方式で PsiQuantum と競合。資金規模・製造提携とも PsiQuantum に後れ。
見えてくるのは、『同じ方式の中にも階層がある』こと。超伝導でも IBM と Rigetti は桁違い、トラップドイオンでも IonQ と Quantinuum は情報公開の深さが違う。フォトニクスでも PsiQuantum と Xanadu は資金規模で一桁違う——。
各社のロードマップの核心は、結局『いつ · 何個の論理量子ビットを持つか』に集約される。以下の表はそれを 1 枚に並べたもの——セルの数字が色つき太字なら論理量子ビット、白なら物理量子ビット、『—』なら未公表/未コミットを表す。
表を 30 秒眺めるだけで、いくつかの事実が浮かび上がる:
2028-2030 は、量子コンピュータ業界の『収束点』。
このウィンドウで論理 QB の数字を提示できない企業は、方式戦争から脱落する。
IBM は、超伝導陣営で唯一『論理 200 QB · 1 億ゲート · 2029 年』と定量的にコミットした。2026 年 2 月の Kookaburra で 1,386 qubit チップ × 3 基連結 = 4,158 qubit クラスタを実現し、qLDPC コードをメモリに直接統合してハードウェアオーバーヘッドを 90% 削減。NY ポキプシー工場で Starling を物理的に建てている点も重要——『発表』ではなく『施工中』だ。
Google は、Willow(2024-12)で『エラー率が QB 数を増やすほど下がる』閾値突破を達成した、物理学的な金字塔を立てた側。ただし『論理 QB を何個作るか』を 10〜100 の数字でコミットしていない。Milestone 3(論理 1 個が 100 万ステップ以上持つ)にまず到達し、そのあとタイル化する、という段階的戦略。保守的に見えるが、科学的な誠実さの表れとも読める。
Rigetti は、2026 Q1 に Cepheus-1-108Q(108 qubit · 99.5%)を出荷予定で、3 年後に 1,000 qubit · 99.9% を目指す。ただし論理 QB のコミットはしていない。資金規模は IonQ の約 1/10、IBM の 1/100 未満。チップレット型モジュラー方式の技術独自性はあるが、FTQC 到達レースでは二番手集団。
IonQ の 2026-04-22 の動きは、この記事を書き換えるレベルだった。Walking Cat Architecture の公開で、IonQ は『目標値(論理 80k)』と『到達する工学レシピ』の両輪を揃えた唯一の企業になった。2025 年の SkyWater 買収($1.8B)、Oxford Ionics 買収($1.08B)、Lightsynq・Capella による光子相互接続。物理 QB 2M · 論理 QB 80k は他社の最大級数字。
Quantinuum は、技術的には IonQ の最強ライバルだ。2025-11 の Helios で 物理 98 / 論理 48-50 を実現——これは2:1 という業界最良の物理→論理比である。2029-2030 に Apollo で「数千物理・数百論理・百万ゲート」を目指す。ただし非上場(Honeywell Quantum Solutions + Cambridge Quantum 合併)ゆえ、IonQ と同レベルの工学透明性を外部に開示するインセンティブが弱い。
IonQ の論理 80k は『規模』で、Quantinuum の 2:1 比は『効率』で業界を引き離す。
2030 年、世界にイオントラップ FTQC は 2 系統存在する。
PsiQuantum は、2025-02 に Omega チップセット(GlobalFoundries 製造)を発表し、Brisbane(豪政府共同)と Chicago(IQMP)に巨大計算センターを建設中。理論的な目標は100 万 qubit · utility-scale FTQCで、これは業界最大のビジョンだ。
しかし、2026-02-10 に発表されたのはVictor Peng(AMD・Xilinx 出身)の暫定 CEO 就任と、共同創業者 Jeremy O'Brien の Executive Chairman 移行。『2026 年 2 月 utility-scale 納品』の当初目標は未達で、実質的に後ろ倒しされている。技術的可能性は大きいが、実行フェーズに入ってからの減速は否めない。
Xanadu は、フォトニクス方式で Aurora・Borealis をクラウド運用中。GKP 状態生成で先行するが、資金規模・製造提携で PsiQuantum に一歩遅れる。1M qubit 級の青写真は提示しているが、PsiQuantum が遅延している現状で、Xanadu がフォトニクス陣営を牽引する可能性は低い。
QuEra は、中性原子(Neutral Atom)方式で 2024 年 256 物理 → 2025 年 3,000 物理(Harvard 共同)→ 2026 年目標 10,000 物理 · 100 論理と、前倒し傾向で進行。無冷却(10 kW)、all-to-all 接続、原子に製造欠陥なし——という方式固有の優位を活かす。Nature 論文(2023:48 論理 / 228 物理)を含む学術実績が豊富で、Tier 2 で最も実務的な動きを見せる。
Atom Computing は、2024 年に 1,180 中性原子量子ビットを実機で達成——これは Atom Computing の物理 QB 数としてもっとも注目されるポイントで、PsiQuantum 以外のすべての競合(IBM・Google・IonQ 含む)を上回る数字。ただし論理 QB の具体的ロードマップは限定公開。Microsoft(トポロジカル陣営)との共同研究で、Microsoft Quantum の論理 QB 実装基盤として機能している側面もある。
Microsoft は、2025-02 に Majorana 1 を発表。トポロジカル保護された量子ビットという、物理的にエラー耐性が高い量子ビットの実機(第 1 号)だと主張。材料はトポコンダクター(InAs + Al ハイブリッド)——これが動けば、1 論理 QB あたりの物理 QB オーバーヘッドを大幅に削減できる可能性がある。
目標はLevel 3 Scale:1M rQOPS/sec · エラー率 1 兆分の 1 未満 · 先端化学で 100M rQOPS/sec。DARPA US2QC 採択、『years, not decades』という強気表明。
ただし、マヨラナ粒子そのものの物理的存在に疑義が残るという学術的な争点が未解決だ。トポロジカル QB は 30 年越しの学術目標で、Microsoft が『これは動いた』と主張したあとも、再現性・検証に時間がかかっている。もし動けば方式戦争を根本からひっくり返すが、動かなければ Level 2 への到達さえ困難——極端なリスク/リターンの賭け。
D-Wave はゲート型 FTQC とは違う戦場にいる。量子アニーリング(Quantum Annealing)専業で、最適化問題に特化。Q2 2025 で現金 $819.3M(前年比 +1,900%)、Advantage2 QPU の商用販売実績、JPL と極低温パッケージ共同開発、100,000 qubit アニーラ目標——。
Q-Day(暗号破壊)には直接関係しないが、物流・金融ポートフォリオ・分子計算の一部領域でゲート型が実用化する前の橋渡しとして価値がある。D-Wave のロードマップ評価は、他社と同じ軸で測ってはいけない——別ゲームだ。
ここまでの 11 社を、FTQC 到達の現実味で 3 層に分類する。論理 QB のコミット規模 · 到達年 · 工学透明度を統合した総合判定。
物理 QB · 論理 QB · ゲート忠実度 · 工学ルートのすべてが揃う 3 社。2029-2030 に 100 + 論理 QB の公開コミット。
技術的には Tier 1 と同等以上の要素あり。ただし論理 QB 規模のコミットが保守的(Google)· 未達延期(PsiQuantum)· 物理検証段階(Microsoft)· スケール不明(QuEra)のいずれか。
特定領域で価値(D-Wave のアニーリング / Atom の物理 QB 数 / Rigetti のチップレット)を持つが、FTQC 到達レースからは距離がある。
Tier 1 の 3 社は、2029-2030 年時点で 少なくとも 100 論理 QB 以上を公開コミットし、それに必要な工学仕様が(部分的であれ)開示されている。Walking Cat を公開した IonQ は特に透明度で抜け出した。
Tier 2 は技術的に有望だが、コミット規模が保守的(Google)か、実行遅延(PsiQuantum)か、物理検証段階(Microsoft)か、スケール上限不明(QuEra)のいずれかでリスクが残る。ただし 1 社でも正解に当たれば Tier 1 に昇格する。
Tier 3 は FTQC 到達レースからは距離があるが、特定ニッチで価値あり——Atom Computing の物理 QB 数、D-Wave のアニーリング、Rigetti のチップレット。淘汰ではなく、別の生存戦略を模索するグループだ。
上場 5 社(IonQ · IBM · Google · Rigetti · D-Wave)のうち、量子を専業にしているのは IonQ · Rigetti · D-Wave の 3 社。IBM と Google は巨大企業の一部門。
非上場の Quantinuum(Honeywell系) と PsiQuantum は IPO の噂が継続。特に Quantinuum は Helios の実績で 2026-2027 年の IPO 候補筆頭と見られている。上場すれば IonQ の直接ライバルになる。
Q-Day Countdown(本サイト別記事)で書いたとおり、RSA-2048 を Shor で破るには論理 QB 4,000〜6,000 が必要。Bitcoin(secp256k1)や XRP(Ed25519)はより少ない論理 QB で破壊可能。
上で見た 11 社のロードマップを、この閾値に重ねると:
『Q-Day は 2030 年前後に入口、2035 年までに完成』というのが、現在の公開ロードマップを統合した現実的な見立てだ。Walking Cat 公開前は『2035 年前後』がコンセンサスだったので、IonQ の動きで Q-Day カウントダウンは数年前倒しされたと解釈してよい。
ロードマップは紙の上では並列だ。
だが工場では、方式戦争の重心はすでに動き始めている。